最愛なるSCUMSへ

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2016年11月23日、私の怒涛の出戻りYEARが幕を閉じた。
昨年末の突然の思いつきでライブに足を運んだのがすべての始まりだった。本当に本当にただの思いつき。曲だってほぼほぼわからなくてそれでも体には染み付いているもので、終わった後には「楽しかったー!」って笑っていた。
あの日代々木に行っていなかったら、こんなに泣くことも切なくなることもなかったのかなと思う。でもきっとあれは虫の知らせだったしこうなる運命だったんだろう。
離れていた年月を取り戻すような1年だった。手元にはどんどんチケットの半券が増えた。旅行ですら行ったことのなかった沖縄まで行った。何度も何度も泣いて、同じくらい笑った。上がれたつもりだったんだけどなぁ。全然だめだったなぁ。だってなんにも変わってないんだもん。私が好きになった頃と、必死だった頃と何ひとつ。
活休前最後のツアー、本編最後の曲がVERMILLION.でその前の落羽で死ぬほど泣いてしんみりしたのに背骨が折れるほど反り返って笑ってしまった。いや笑うとこじゃないんだろうけど、不快に思ったらごめんなさい。でも「もういいよ!」ってくらいVERMILLION.終わりだった頃のことを思い出してしまって。あーナイトメアって本当にナイトメア!ってなってすごくうれしかったんだ。彼らはいたって真剣なんだろうけど、イマイチキマらないところが本当に"らしい"。仙台のライブがまさにその真骨頂だったと思う。あんなに泣きながら笑ったことない。そういうところが本当に本当に大好きなんだ。
クラウンツアーの時、ラブトリで以前までは「5人強く生きていきます」って歌っていたところを「1人」って歌ったり、みんなに贈りますっていう曲が忘れな草だったり、待っててとか戻ってくるからとかそういう言葉は頑なに言ってくれないし柩さんはずーーーーーーっとメソメソしてるしもう本当にどうなっちゃうんだろうって思ってた。前向きな活休ってなんだよってずっと思ってた。
でも、だんだんライブを重ねるにつれて時が経つにつれて前向きな発言や選曲が増えてきて。ほんっとになんて正直者なんだろうって思った。某誌のパーソナルとかで活休したくなかったってバカ正直に言っちゃうのもライブで素直に寂しいって言っちゃうのも、そんなのいくらでも隠して平気なフリだってできたろうに。そういうとこまでかっこつけるってことをしないんだもんなぁ。
だからこそ今、信じて待とうって思えるんだと思う。死ぬほどつらいししんどいしいくらでも涙は出てくるけど、発表された時みたいな絶望的な不安は今はない。だって東京体育館で奏でられた曲達を見れば一目瞭然じゃないか。「不安な未来にも光を感じる これからもずっと一緒に」で始まって「ありふれて呆れてしまいそうな言葉の綴りは好きじゃないけど ここに置いておくよ 必要になる時があるから」で終わる本編。そして最後らしくスタナイのお涙頂戴で終わってもいいところをトリプルアンコールで涙の代わりにその首頂戴致しますと言わんばかりにヘドバンさせられて、そりゃ涙も止まるって!笑

うそがつけないあの人たちがくれた歌を、メロディを、言葉を信じて待とうと思う。私が好きになったナイトメアは今も好きになった時のナイトメアのままで、きっとこれからもずっと私の大好きなナイトメアでいてくれるはずだ。
悪い夢が覚めないことは決して悪くはないなんて思えないって言ったけど、その詞の意味も今ならわかる気がする。
これからも素敵な悪夢が見たいから「さぁこっちにおいで」って呼ばれた時にいつでもそこへ行けるように準備しておくね。たくさん泣いてもとりあえず笑って、待ってるよ。身体には気をつけて、お互いにね。今もこれからも、ずっとずっと大好きです。

いってらっしゃい!

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