2013/11/16→2015/11/16

せっかくこうしてブログという長文を書く場があるので、自分の記録のために記しておこうと思う。誰のためでもない私のために。

時は二年前に遡る。私は東京ドームで行われたKis-My-Ft2のコンサートで北山宏光くんに心を奪われた。ただしそれはあくまでも自担である中居正広さんの片鱗を彼の中に見つけ、そこに喜びを覚えた上で抱いた好意だった。
私がこれまでこのブログに上げた北山くんに関するエントリー。どのエントリーにおいても必ずといっていいほど中居さんの名前が登場している。北山くんの発言や行動に中居さんとの共通点を見つけては一喜一憂し「いつか中居さんのようになってほしい」と、あくまでも中居担として見守るような気持ちで北山くんを応援していた。
ただ私は、そんな風に北山くんに中居さんを重ねながらも当初から北山くんに対して「ポスト中居正広」という言葉を使うことにどうしても抵抗があった。それは上記のエントリーでも何度も書いているが、私は北山くんの「中居さんに憧れてはいるが中居さんと似ていると言われること、重ねられることをよしとしない」と思わせるところに大きな魅力を感じていたからだ。(本人の真意はわからないが。)
特にその部分にどんどん惹かれるようになるにつれ北山くんの中に中居さんを見ようとする意識がなくなり、北山くんだけが持っている魅力をたくさん知ることによって北山くんに対する「好き」は最初の頃のような中居さんを投影しての「好き」ではなくなっていった。中居さんへの「好き」と北山くんへの「好き」が完全に別のものになり、それは徐々に中居担として北山くんを好きでいることへの違和感へと変わる。だからといって自分が中居担ではなくなることもしっくりこなかった。

そんな状態で急遽(というと運営的には語弊があるんだろうけど…)開催されることになったKIS-MY-WORLD名古屋公演に入った私。何かを図ったかのようなこのタイミング。最初に北山くんに心を奪われたあの東京ドームからほぼほぼ二年。なんとなくここで何かが決まるような気がした。

案の定である。散々悩んでいた日々はなんだったのか。私はもう北山担を名乗りたい気持ちでいっぱいだった。それでもまだ「降り"そう"」と言っている辺りに「中居担の自分」に後ろ髪を引かれている感を感じざるを得ない。でも私は北山宏光の担当としてこれからの北山くんを見たいと思った。北山くんの夢を北山担として一緒に追いかけたいと思った。北山くんがいつか中居さんに追い付いてグチャッてされるところを、中居担としてではなくて北山担として見たいと思った。
ハマりたての頃に「抱いてセニョリータ」の過去映像で山Pのバックで踊る北山くんを見た時に直感的に受けた「この人は誰かの後ろで踊ってちゃいけない人だ」という印象。その印象を今改めて噛み締めている。私は北山くんに絶対に一番になってほしい。誰かの後ろじゃない一番前に、一番上にいる北山くんが見たい。北山担として。

二年前の今日が私が最初に北山くんに心を奪われた日だ。何日か前から降りるならせっかくだしこの日にしようと決めていた。私のTwitterを見たら「まだ降りてなかったの!?」という人が多いかもしれないが、キリがいいのであくまでも今日という日をその日にしたいと思う。

私は本日より北山宏光くんを担当とさせて頂きます。
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