危険なふたりの贅沢なふたり遊び

草彅剛と香取慎吾の二人舞台「burst!〜危険なふたり〜」の幕が下りた。"しんつよコンビ"の小さい頃からの夢舞台。私なりに感じたこと思ったことを記していこうと思う。


言っちゃえば「爆弾を解体する」だけの話ですから。(burst!パンフレットより)

これは、作・演出の三谷幸喜氏の言葉だ。会見で衣装の一部は披露されていたもののあらすじなどは一切明かされておらず、ネタバレも極力避けて観劇の日を迎えたので舞台が終わってこの三谷さんの言葉を読んだ時は思わず笑ってしまった。

確かに、確かにそうなのだ。始めから思い返してみても「ただ爆弾を解体する」だけの話だった。

それをエンターテイメントとして成立させるためにはやはり二人の力が不可欠だった。二人がいたから僕も挑戦出来たと思っています。(burst!パンフレットより)

そう、二人だから成立していた。凝ったセットも何もない舞台で、ただ爆弾を解体していく。しかし、二人舞台で二人は同じ舞台上に立っているにも関わらず視線を交わすことはない。二人は別々の場所にいる設定なのだ。そして最後まで二人が出会うことはない。視線を交わさず向かい合うこともなく二人だけで芝居をする。舞台中一度だけ二人が向かい合うシーンがあるのだけれど、一ヶ月以上二人だけで舞台を踏んでいたというのに向かい合うのは一公演につき一度だけというのはなんというか、不思議な感じだ。その一度だけ向かい合うシーンがずっと意見の合わなかった二人の意見が合った瞬間、というのがニクイなぁと思った。

もうひとつニクイ演出といえば、二人の役が途中で入れ替わるということ。衣装が入れ替わって二人が出てきた時は状況が飲み込めず戸惑ったが「何か意味があるんだろう」と思っていた。しかし最後までそれについて触れられることはなく、こちらも観劇後にパンフレットの三谷さんの言葉に笑ってしまった。
魂で結ばれた二人への、僕からのプレゼントみたいなものだと思ってください。(burst!パンフレットより)

そこにはなんの必然性もなかったのだ。三谷さん完全にしんつよ厨の仲間入りである。

草彅が演じていた役を香取に演じさせ、香取が演じていた役を草彅に演じさせる。もはや一種のプレイのようにも思えてくる。脚本家のフェチシズムとでもいうのだろうか。

しかしこの必然性のない演出が「役者・草彅剛」と「役者・香取慎吾」を際立たせていた。

この物語には自宅に爆弾が仕掛けられてしまったアオキという男と爆弾処理班のネガミという男が登場する。前半は香取がアオキ、草彅がネガミを演じていた。香取演じるアオキが突然仕掛けられた爆弾に困惑し、草彅演じる奔放なネガミに振り回されるというのが前半の印象だった。因縁のある爆弾犯に固執するネガミには狂気を感じ、ネガミに振り回されるアオキには同情した。しかし後半、二人の役が入れ替わるとその印象は一変していく。爆弾犯への負けを認めアオキに逃げるように促すネガミに対し、今度はアオキが爆弾に固執していくのだ。ネガミからアオキへ狂気が移っていく様にはゾクゾクした。ネガミはアオキでアオキはネガミ。ちょっと書いていてわけがわからなくなってくる。「魂で結ばれた二人」だから成せる技だったんだな…と思うと「しんつよ尊い…」と軽率に口走ってしまう。

なんて贅沢なふたり遊びだろう、と思った。ふたり遊び?ひとり遊びかな。ひとり遊びでありふたり遊び。しんつよに魅せられた三谷幸喜のひとり遊びで、しんつよという危険なふたりのふたり遊び。その酔狂な遊びをこっそりと盗み見た気分だ。二人が子供の頃にやっていたという即興のお芝居のような遊び。それを電信柱の陰からこっそりと見ているようなそんな気分。観劇後にはそんな感覚に陥った。

時間が経てば立つほど、不思議な夢を見ていたのではないかと思えてくる。二人の夢を目撃したはずなのに自分が夢の中にいるような不思議な感覚が未だに消えないのだ。

本当に贅沢で、正に夢のような100分間だった。