出戻りが見た最高で最高の男達

1995年7月、私が初めてコンサートで見たSMAPは6人だった。会場はアリーナクラス。まだトロッコなんてなかった時代。10代と20代だった男の子達は楽しそうにステージを走り回っていた。笑顔がとても印象的だった。ツアーのタイトルは「Summer Minna Atumre Party」頭文字をとると「SMAP」になるツアーだった。
1997年9月、私が最後にコンサートで見たSMAPは5人だった。会場は随分と大きくなっていた。アンコールで、狭いゴンドラに5人一緒に乗って天井席だった私達の近くまで来てくれた。すごくすごく嬉しかった。ツアーのタイトルは「"ス"スバラシイ!ステキナ!スゴイゾ!スーパースペシャルコンサート」スマップの頭文字「ス」を掲げたツアーだった。

あれから17年、長いヲタ卒期間を経て出戻りを果たした私は念願のスマコンに入ることが出来た。ツアーのタイトルは「Mr.S"saikou de saikou no CONCERT TOUR"」SMAPの頭文字「S」を掲げたツアーだった。
17年振りにこの目で見たSMAPは、あの頃顔負けなくらいに踊りまくっていた。汗だくで走り回っていた。客席ではあの頃のものと比べたら随分と豪華になったペンライトが色とりどりに揺れ、少しばかり皺が増えたメンバーの顔が印刷されたうちわが、あの頃と変わらずにたくさん揺れていた。またこの場所に戻ってこれたことが嬉しかった。本当に嬉しかった。

あの頃と決定的に違うことは、全面的に演出を担当したのが中居さんではなくしんごだったことだ。今回のツアーについて触れた月刊TVfanと月刊TVnaviのインタビューがとても印象的だった。

「今はイヤならイヤだっていうのも直で来たりするから、どこか僕も楽しんでやれるパーセンテージが増えたんじゃないですかね。」

しんごが楽しんで作っていたからなのか、すべてにおいて楽しい!という雰囲気が滲み出ているコンサートだったように思う。もう私の最後のコンサートから17年も経っているのに、違和感を感じるどころか妙な懐かしさすら覚えたのは今回のツアーが「Summer Minna Atumare Party」と同じ雰囲気を持っていたからだと、後になって気がついた。中居さんがプロデュースするのが楽しくて仕方ないと言っていた頃のコンサートだ。きっと今回のしんごもこの頃の中居さんと同じ感覚になっていたんじゃないかと思う。夜中に中居さんがしんごに電話して曲を聴かせてあーでもないこーでもないと話したり、2人でスタジオに籠もってメドレーを作ったり…そうやって「首を突っ込みすぎて今に至る」しんごが中居さんのように楽しんで作ったコンサートだから、あんなに懐かしく感じたのかな。これがまさに中居イズム?

そしてもうひとつ、決定的に違うこと。それはステージにはいないはずの森くんの存在感だ。私が最後に見た、森くんの「も」の字を言うことすら憚られた頃のステージとは雰囲気が明らかに違っていた。6人の頃の曲を踊れば自然に一人分のスペースが空いていた。5人になってから曲を踊っていても、あれ?6人いる?と錯覚しそうなまでの雰囲気だった。うまく言えないけど、27時間テレビと今回のツアーを経てやっと中居さんが願い続けて求め続けた「5人プラス1人」が形になったのではないかと思った。森くんの存在が、無理矢理じゃなかった。意地じゃなかった。もう「6人」ではないけれど、決して減ってはいない。森くんは確かにそこにいた。
オーラスの中居さんの挨拶も、もしかしてそういった所から来ていたのかな。初めてのドームから20年を目前にして、森くんがいなくなってから初めてオーラスの舞台になったナゴヤドームで、ようやく中居さんの中で森くんもドームの舞台を一緒に踏んだのかもしれない。

出戻りの私を「おかえり」と、あの頃と変わらないキラキラの笑顔で迎えてくれたSMAPに涙が止まらなかった。そして17年前に見たあの日より5人はずっとずっと6人だった。ずっとずっとあの人達は、変わりながら変わらずにいてくれたんだ。
SMAPも私もあの頃より確実に年をとって体力も衰えて、たったの50年も半分が過ぎて、あとどれくらい同じ時間を過ごせるんだろうなんて考える程の年齢になってしまった。離れていた時間を悔やんでも仕方ないから、残された時間の中で全力で付いていこうと思った。心からそんな風に思えたコンサートだった。
最後に、初めてのドームの中居さんの言葉を借りたいと思う。

「私はSMAPが一番好きです」